岩橋千塚古墳群の時期と被葬者

 岩橋千塚古墳群は、どのような人々を埋葬したか確実なところはわかりませんが、奈良時代に編さんされた「古事記」「日本書紀」などに登場し紀ノ川河口の平野部に大きな政治力を持っていた紀国造に関係する人々が有力視されています。

紀氏(きし・きうじ)は、紀伊風土記の丘の西方にある神社「日前宮・国懸宮」との関係が深く、その周辺は和歌山県内でも屈指の穀倉地帯となっています。古墳時代以降、この地域で水田開発に欠くことができない用水路の設置や開発に力を注いだと考えられ、最近の発掘調査でその様子が少しずつ明らかとなってきています。

大谷山22号墳石室の入口(石室内から撮影)

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